ルソー『村の占師』F.プーランク『ティレジアスの乳房』
■ 楽しみと自発性の星の下に-ミシェル・ワッセルマン 画像をクリックすると拡大します。 1984年7月4日(水) 18:30 新宿モーツァルトサロン
3,000円(全席自由) 『村の占師』 J-J.ルソー作曲 /台本(原語上演) フランス大使館文化部 / モーツァルトサロン 東京日仏学院 オペラ団体協議会 一般社団法人東京室内歌劇場 事務局 ルソー『村の占師』F.プーランク『ティレジアスの乳房』
公演について
『村の占師」と『ティレジアスの乳房』ほど一見して相貌が異なるように思われるものはない。しかしながらこの二つの作品は,基本的に同じ姿勢を示していると私には感じられる。その姿勢とは主知主義と教条主義に対抗する自然と自発性の表明,和声の過度の洗練に対抗する表現的な旋律の表明,つまりは音楽的楽しみの表明である。
『占師』はその点に関するひとつの宣言である。つまり18世紀中葉にフランス音楽派とイタリア音楽派が対立する音楽論争がパリで起った時に,ルソーはヴェネツィア滞在時に親しんだオペラ・ブッファを,フランス語で作曲することを思い立った。この作品の大成功に鼓舞された彼は,明らかにラモーを意識した文で,表現的な旋律を好むことを強調し,和音的洗練,過度の装飾,当時のオペラ作由である神話を題材とした大がかりな舞台等を拒絶すると宣言したのである。このような態度に,例えばモーツァルトが影響を受けたことは明白である。彼はしかも『バスティアンとバスティエンヌ』で,ルソーが『占師』で設定した単純な筋書きをそのまま使っているのである。
ところで『占師』が明らかに慣習的なラモーのオペラに対抗する武器であったのと同じように,『ティレジアスの乳房』の背後には,ヴァーグナーとドビュッシィという対立しつつ,補填し合う2つのイメージが見えてくるのである。プーランクがアポリネールのテキスト(1917)を選んだこと自体すでに意味がある。つまりアポリネールは序文の中で,この不条理なテキストにシュールレアリストという形容詞を与えており(この語は世界で初めてここで使われた),このテキストは当時のヨーロッパ演劇界を支配していた自然主義や象徴主義という非常に暗い美的教義への反抗に他ならなかった。他方プーランクの音楽についていえば,それは生き生きとして対比に満ち,時には優しく時には陽気で,しかも1947年の作であるのに,意識的に戦慄を重視しており,ヴァーグナーの勿体ぶった長さと,ドビュッシィの和声の"印象主義的な霧"(コクトー)の両方に対する反動と考えられるだろう。
要するにルソーもプーランクもあらゆる組織的精神に反抗し,しきたりを嫌悪しており,楽しみと自発性の美学で結ばれている。私たちは,その楽しみと自発性を,この公演に来て下さる方々と共思っています。チラシ・画像
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プログラム
『ティレジアスの乳房』F.プーランク作曲 / G.アポリネール作(高橋 英郎訳)出演
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